中国見聞

題目の選定



西安への道

2005年3月17日に始まった17日間の中国の旅は、北京を出発して上海で終った。日本は中国から多大の文化の恩恵を受けてきたのだから、一度は訪れてみたいとかねがね思っていた。オーストラリアの各地から参加した総勢20名の一行が、北京での5泊の逗留終えた時、「次の訪問地西安への飛行時間は2時間弱で、たった600万の都市です。」と、北京にすむ若い中国人の添乗員が案内して、中国の大きさを冗談まじりに強調してみせた。「そのあとの西安-桂林、桂林-杭州の飛行時間もおよそ2時間くらいの検討です」と付け加えた。秦の始皇帝が紀元前221年に中国を初めて統一し、現在の西安の近くに都を置いた。この歴史的事実にちなんで、今回の旅の思い出もまず西安から始めることにした。



13億の人口を抱える人的資源の壮大さと共に、広大な地理についての基本知識がないと中国の理解は難しい。ということで簡単な地図を作ってみた(実際に訪問した都市は地図の上で赤丸)。歴史書にでてくる運河や万里の長城の現在の姿はわからないが、これらも地図に書き込んでみた。隋の煬帝の時代(604-618)に建設された運河は、中国大陸東岸から洛陽や長安(西安)にむかう大動脈の役割をはたした。唐代(618-907)、都の長安は名実ともに世界一の都市として、運河を伝いまた絹の道を歩いてきた世界中の商人、僧侶、留学生で賑わった。

北京-西安間は直線距離にしてざっと900キロ、途中窓から見えた長い山なみは、南北およそ400キロという太行山脈 (Taihan Shan) であったのだろう。この山にちなんで西側は山西省、黄土高原がはじまる。洛陽も黄土高原の一部をなすそうである。
いざ思い出を書くとなると、あらためて確認しなければならないことも多く、実際の旅よりずっと長くかかりそうであるが、確認作業も旅のあとの楽しみといえる。

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