東ヨーロッパ紀行

題目の選定



(11) 中世の町チェスキー·クルムロフ

チェスキー·クルムロフに向かうボヘミア平原の田舎道  撮影:2014/05/08
チェスキー·クルムロフに向かうボヘミア平原の田舎道 撮影:2014/05/08

プラハからチェスキー·クルムロフへの道はボヘミアの平原を行く約2時間半の行程で、チェコの南西端に行く道はどこまでも菜の花畑が広がっていた。

チェスキー·クルムロフでの宿  撮影:2014/05/08
チェスキー·クルムロフでの宿 撮影:2014/05/08

かってはイエズス会の修道院であった16世紀の建物がチェスキー·クルムロフでの宿であった。町は狭くバスの乗り入れができないので、各自荷物を抱えて石畳の道を進んだ。

町の案内板  撮影:2014/05/08
町の案内板 撮影:2014/05/08

「クルムロフ」は川の湾曲部に生じる湿地帯という意味で、町の案内板は町の中央を流れるヴルタヴァ(モルダウ)川の湾曲部とその周りに発達した町並みを示していた。町と城の建設は13世紀とされる。「チェスキー」はチェコ語でボヘミアという意味である。丘の上の部分も塔を備えた麓の建物も全てクルムロフ城で、小さな町にしては城の占める割合がすこぶる大きい。手前の中州にはレストランやみやげ物店が並ぶ。

丘の上に立つクルムロフ城  撮影:2014/05/08
丘の上に立つクルムロフ城 撮影:2014/05/08

1240年に創建されたクルムロフ城は、長い間ボヘミアの貴族ローゼンベルク家の城で、16世紀のウィルヘルム·フォン·ローゼンベルグの時代に町にはルネッサンス様式の建物が多く建設された。ローゼンベルグ家の衰退に伴い、町は1601年に神聖ローマ皇帝の所有するところとなる。ボヘミアにおけるプロテスタントの反乱をきっかけに勃発した30年戦争(1618-1648)において貢献があったとして、神聖ローマ皇帝はエッゲンベルグ家にこの町を与えた。この時代にバロック様式の建築が加わった。1719年にエッゲンベルグ家は断絶し、有力貴族のシュバルツェンブルグ家が町と城を相続する。各時代を例証する建築様式が残る町として1992年に世界遺産に登録された。

クルムロフ城と城内劇場を結ぶ橋  撮影:2014/05/08
クルムロフ城と城内劇場を結ぶ橋 撮影:2014/05/08

シュバルツェンブルグ家の時代にできた城内劇場は、バロック様式の劇場としては世界で最も完全な形で保存されているものの一つとされている。残念なことに、城や劇場内部の写真撮影は一切禁止で記録に残すことが出来なかった。

クルムロフ城からの眺め  撮影:2014/05/08
クルムロフ城からの眺め 撮影:2014/05/08

チェスキー·クルムロフでのヴルタヴァ川の川幅ほ狭く、中州に行く橋は木製の小さなもので十分でありしかも町全体で三つしかない。山裾に広がる地域は商人などの住んだところで、右に見える尖塔は聖ヴィトス教会である。町の周りの小さな川が集まってヴルタヴァ川本流となり、プラハ、ドレスデンを経て北海に注ぐことから海運を利用した交易が可能であった。

町の中心コンコード広場  撮影:2014/05/08
町の中心コンコード広場 撮影:2014/05/08

色とりどりの美しい中世の建物が並ぶ町の中心広場には、1682年のペストの流行から町が生き延びたことを感謝する円柱が建っている。1716年に建立されたもので頂上には聖母の像がある。ヨーロッパの都市でよく見かける記念塔である。1992年の世界遺産登録もあって人気のある観光地に成長しつつあり、清流を利用した鯉の養殖が盛んなのか、鯉料理を食べさせるレストランが多かった。

ホテルとなった修道院の正面入口   撮影:2014/05/09
ホテルとなった修道院の正面入口 撮影:2014/05/09

かっての修道院の建物の中央部には、1302年に領主となったローゼンベルク家の紋章である五弁のバラの旗が掲げられていた。町旗にも同じバラの図案が用いられている。上述のように、代々ドイツ人の領主のもとドイツ人が住民の大半を占めたため、1920年以前の地図ではクルマウという名で示された町である。

第一次世界大戦後オーストリア=ハンガリー帝國が崩壊して、町はチェコスロヴァキア領となり、1920年から町の公式名称がチェスキー·クルムロフとなった。現在のチェコの南西端に位置するこの町は、オーストリアとドイツの国境に近い。1938年から1945年まではナチス·ドイツによって併合されるが、戦後再びチェコスロヴァキアとなる。しかし戦後すぐにドイツ人は追放となり町は荒廃する。1960年頃から建造物の修復が徐々に進み、1990年から「五弁のバラの祭典」も開催されるようになり、文化の中心地に成長しつつある。

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